北海道の近代化とともに歩みを進め、「道民の百貨店」として永きにわたり愛され続けてきた「丸井今井」。札幌のシンボルである大通地区にそびえるその店舗は、単なる商業施設にとどまらず、北海道の文化や生活スタイルの醸成、そして都市の発達史そのものを象徴する存在です。越後(新潟)から渡道した一人の商人による小さな呉服店から始まり、幾多の試練や時代の荒波を乗り越えながら北海道最強の百貨店へと登り詰めた丸井今井の歴史は、開拓精神と地域密着の理念が結実した壮大なドラマと言えます。
丸井今井の歴史の原点は、明治維新直後の1872年(明治5年)にさかのぼります。創業者である今井藤七は、越後国蒲原郡(現在の新潟県三条市)に生まれ、若くして志を抱いて開拓途上の北海道へと渡りました。藤七は創設間もない札幌の地に小さな呉服店「丸井今井呉服店」を創業しました。当時の札幌は、開拓使による都市計画が始まったばかりの原野が広がる街であり、人々が日々の生活に必要な衣料品や物資は圧倒的に不足していました。藤七は「誠実」と「顧客本位」を商いの根本に置き、確かな品質の品物を適正な価格で供給することに心を砕きました。その真摯な姿勢は、厳しくも希望に満ちた開拓者たちの深い信頼を獲得していきました。
明治中期から大正時代にかけて、北海道の産業開発と人口増加に伴い、丸井今井も急速な成長を遂げます。1892年(明治25年)には函館に支店を開設し、その後も小樽、旭川、室蘭、釧路といった道内の主要都市へと店舗網を広げていきました。これにより丸井今井は、札幌のみならず北海道全域に張り巡らされた広域商業ネットワークを築き上げました。
単に規模を拡大するだけでなく、販売手法や店舗形態の近代化においても丸井今井は常に時代をリードしました。それまでの「座売り」から、客が自由に商品を見て回れる「陳列販売」への転換をいち早く進め、1919年(大正8年)には株式会社丸井今井呉服店を設立。さらに1927年(昭和2年)には、百貨店宣言を行い、名実ともに「丸井今井百貨店」としての歩みをスタートさせました。
昭和に入ると、札幌本店(現在の大通本店)の近代化が一気に進みました。エレベーターや屋上庭園を備えた大型店舗は、当時の道民にとって憧れのモダン文化を体験できる夢の空間であり、休日には家族連れで賑わう一大レジャースポットとなりました。しかし、太平洋戦争の勃発とともに、丸井今井も多大な苦難に直面します。物資統制や商業活動の制限、金属回収令、そして終戦間際の空襲や物資不足など、百貨店としての機能は著しく低下しました。
戦後、丸井今井は焼け痕と混乱の中から力強く立ち上がりました。復興に向かう北海道の人々の生活を支えるため、衣料品や食料品の供給に全力を注ぎました。高度経済成長期を迎えると、道民の生活水準の向上や購買力の拡大に合わせて店舗の増改築を繰り返し、大通地区のランドマークとしての地位を一層確固たるものにしました。
1970年代から1980年代にかけて、丸井今井は「北海道の絶対王者」としての黄金期を迎えます。1972年(昭和47年)の札幌冬季オリンピック開催に伴う地下鉄の開通や都市機能の集約に合わせ、大通本店の魅力を飛躍的に高めました。国内外のトップブランドや高級ファッションを積極的に導入し、「丸井今井で買い物をすることがステータス」と言われるほどの圧倒的なブランド価値を構築しました。また、道内主要都市の店舗も地域の顔として親しまれ、地元の伝統工芸品や物産の販売、文化イベントの開催などを通じて、北海道の文化振興にも大きく貢献しました。
しかし、1990年代後半のバブル崩壊以降、丸井今井は深刻な構造改革の波に直面することになります。道内経済の長期低迷、郊外型大型ショッピングセンターの台頭、他社との競争激化、さらには過度な店舗投資による負債の膨張が経営を大きく圧迫しました。これにより、旭川店や小樽店、室蘭店などの道内主要支店の閉店を余儀なくされ、選択と集中を図ることとなりました。
そして2009年(平成21年)、丸井今井は民事再生法の適用を申請し、大きな歴史的転換期を迎えます。道民に長年愛されてきた老舗の危機に対し、支援の手を差し伸べたのが、三越と伊勢丹を傘下に持つ三越伊勢丹ホールディングスでした。2010年、丸井今井は札幌三越とともに新会社「株式会社札幌丸井三越」を設立し、大手百貨店グループの一員として再出発を切りました。
三越伊勢丹グループの強力な商品調達力や経営ノウハウと、丸井今井が百余年にわたり培ってきた「道民への深い愛着と地域密着の精神」が融合したことで、丸井今井は見事な再生を果たしました。大通本店は、隣接する札幌三越とともに大通地区の商業エリアを牽引する中核店舗として活気を取り戻し、ファッション、ラグジュアリー、そして道内随一の品揃えを誇るデパ地下(食品フロア)を中心に、今なお圧倒的な支持を集めています。
明治の開拓期に新潟から届いた志の灯火から始まり、北海道の主要都市を網羅した成長期、戦後の復興と高度成長、平成の激動と再生へ。丸井今井の百五十年に及ぶ歴史は、単なる一企業の繁栄の記録ではなく、厳しい自然に挑みながら豊かな都市生活を築き上げてきた北海道の民衆の足跡そのものであり、地域とともに生き、進化し続ける老舗の誇り高き歩みなのです。