マウス(コンピュータのマウス)の歴史は、初期のトラックボール技術から始まり、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)と共に進化し、現代の光学式、ワイヤレス、多機能なデバイスに至っています。
1. 黎明期:トラックボールと最初のマウスの発明(1940年代〜1960年代)
コンピュータの操作を、キーボード入力だけでなく、直感的な位置指定で行うための装置が模索された時代です。
A. トラックボールの原型
1940年代: マウスのルーツとなる技術として、カナダ海軍の技術者がトラックボールを考案しました。これは、ボールを手で直接回してコンピュータの画面上のポインターを操作するものでした。
B. 世界初のコンピュータ・マウスの発明
1964年:ダグラス・エンゲルバート
アメリカのスタンフォード研究所(SRI)に所属していたダグラス・エンゲルバートが、世界で最初のコンピュータ・マウスを発明しました。
構造: 初期のマウスは、木製の筐体に**二つの車輪(ホイール)**がついており、この車輪の回転を検知してカーソルの動きに変換していました。ボタンは一つでした。
名称の由来: ケーブルがネズミの尻尾のように見えることから、「マウス」と名付けられたと言われています。
1968年:「デモの母」
エンゲルバートは、1968年のデモンストレーションでマウスを初めて公の場で紹介しました。これは、GUI、ハイパーテキスト、ビデオ会議などの基礎技術を統合した画期的なデモであり、後に**「デモの母(The Mother of All Demos)」**と呼ばれています。
2. 発展期:普及の基盤確立とボール式マウスの主流化(1970年代〜1990年代)
マウスが研究室から商業製品へと移行し、広く使われる技術へと発展した時期です。
A. 商用化への移行
1970年代: エンゲルバートの技術は、**ゼロックス社のパロアルト研究所(PARC)に引き継がれ、GUIを備えたコンピュータシステム「Alto」**で実用化されました。しかし、この時点ではまだ高価で一般には普及しませんでした。
B. ボール式(機械式)マウスの主流化
1980年代:AppleとMicrosoft
1983年: Apple社の「Lisa」、そして後に**「Macintosh」**がマウスを採用したことで、マウスはパーソナルコンピュータ(PC)の標準入力デバイスとして認知されました。Macintoshのマウスは、シンプルな四角い形状と一つのボタンが特徴でした。
特徴: この時代のマウスは、底面にゴムまたは金属のボールが内蔵されており、このボールの動きを内部のローラーが検知し、カーソルを動かす方式でした。
普及: Microsoft Windowsの普及と相まって、PC操作におけるマウスの地位が確立されました。
3. 成熟期:光学式とワイヤレスへの進化(2000年代~現在)
トラッキング技術がボール式から光学式へと移行し、マウスはケーブルの制約から解放されました。
A. 光学式マウスの登場
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1999年:マイクロソフト
光学式(オプティカル)マウスが市場に登場し、2000年代初頭に急速に普及しました。
特徴: 底面のボールがなくなり、代わりにLED(発光ダイオード)と小さなカメラセンサーで、接地面の微細な凹凸を読み取り、動きを検知する方式に変わりました。
利点: ボール式のようなホコリによる動作不良がなくなり、メンテナンスが不要で、高い精度を実現しました。
B. ワイヤレス(無線)マウスの普及
技術: Bluetoothや2.4 GHz帯を使用するワイヤレス技術が安定し、バッテリー性能も向上したことで、ケーブルのないワイヤレスマウスが主流となりました。
C. レーザーマウスと多機能化
レーザーマウス: LEDよりも精度の高いレーザー光を使って接地面を読み取るレーザーマウスが登場し、より多くの素材の上でのトラッキングが可能になりました。
多機能化: スクロールホイールの高速回転、サイドボタンの増加、**エルゴノミクス(人間工学)**に基づいた形状など、用途やユーザーの快適性を追求した進化が続いています。
4. 最新の動向:トラックパッドとAIの融合(現在)
マウスの操作性が極限まで高まるとともに、他の入力デバイスとの融合や、新しい形態への進化も進んでいます。
ゲーミングマウス: 高速な応答速度、カスタマイズ可能なボタン、超軽量化など、eスポーツに対応するための専門的な進化を遂げています。
トラックパッド/タッチ操作: ノートPCでは、マウスの機能の多くがトラックパッドやタッチスクリーンに統合されていますが、精度や長時間の作業においては依然としてマウスが不可欠です。
AIとジェスチャー: 今後は、AIによるジェスチャー認識や、より自然な手の動きを検知する技術が、マウスの形態や機能にさらなる変化をもたらすことが予想されます。